2015/02/12

Leligion and Dissociation / 宗教と解離

宗教と解離

昔観たヤコペッティの映画だったと思います。
ファイアーダンス、たき火の周りをダンスしながら踊るうち、トランス状態になった者が突然、
解離(憑依)を起こしキツネツキになった者が、言葉を発しました。
それは、昔から神聖なものとして扱われていました。

これらは、気分の高まりとともに、血液中のヘモグロビンの淘汰が起きて、分解するとき
イオンが発生しトランス状態を招き、解離を引き起こすものと考えられます。

宗教家が呪文を唱え、解離を引き起こすことは知られております。
それは、自身の感覚を究極的に一点に絞るうち、同時にヘモグロビンの新陳代謝を
引き起こしてしまい、解離に至る過程だと考えられます。

神聖なことは、間違いないことですが、そこには、ヘモグロビンの反応が引き起こすことであり
特に、神がかりなことではないこと、一般的なトランス状態を集団が招いていることです。

また、宗教家が呪文を唱え、相手を催眠術にかけ、トランス状態に導きます。
催眠術を掛けられたものは、過去のトラウマをフラッシュバックしてしまいます。
これは、やり方を憶えた、術師が、よくやる手です。

相手が、気分的に落ち込んでいるときに、人の弱みに付け込み、さも、お導きなどと言って
相手をトランス状態に引き込むやり方です。

これは、人がやってはいけないことのうちの一つであると考えます。

そう言っても、宗教家は偏執に凝り固まり、自分は正しいと思い込んでいます。
身内だからと言って、人の弱みに付け込みやってくることを喜びと勘違いしております。

ある種、宗教は偏執です。
脳機能障害の初歩の段階は偏執より始まります。

偏執は、酸素が充分に脳に達しないとき、または、ヘモグロビン値が下限域に近い者は
容易に偏執を起こし、自分で気づかない脳機能障害を起こしております。
ある意味、病的な事であります。

解離を引き起こしたものは、トラウマの解消に対する反作用が起きてしまいます。
そこには、狂気があるだけです。

宗教は個人の範囲で行い、他者を巻き込んではいけないことです。

宗教的に徳の高いことを誇示することは、社会的に徳の高いことではなく
その宗教者の集まりの中でだけ通用することです。

仕事のできる人間かと問われれば、疑問符だらけの人間のすることです。
それは間違っています。

いい迷惑なので、やめてください。

死して、屍を同じ墓に埋めることはしません。
どこか、集団で埋めているところへ放置します。
私の考えた、ある宗教家に対する考え方をここに書き、記します。